OpenAIは、外部投資家を入れず、自社の保有資金を用いて70億ドル(約1兆1130億円)規模の従業員株の買い取りを完了した。これにより、同社の企業評価額は8520億ドル(約135兆4680億円)に据え置かれ、新たな投資家が株主として加わることもなかった。アナリストらは、この動きが新規株式公開(IPO)に向けた資本構成の整理と、上場条件や時期を自社でコントロールするための戦略的な布石であると指摘している。■外部投資家を入れない新たなアプローチBloombergのRebecca Torrence氏が最初に報じ、TechCrunchとCNBCが独自に確認した今回の取引は、同社がこれまで従業員に株式の現金化機会を提供してきた方法からの大きな転換である。アナリストによれば、OpenAIが市場に条件を決めさせるのではなく、自らの条件で上場を進めようとしていることを示すシグナルだという。OpenAIはこれまでにも、従業員などが保有株式を売却できるテンダーオファーを実施してきた。2024年にはThrive Capitalが主導し、評価額800億ドル(約12兆7200億円)で取引が行われた。続く2025年10月には、評価額5000億ドル(約79兆5000億円)で66億ドル(約1兆494億円)規模のテンダーオファーが実施され、Thrive Capital、SoftBank、Dragoneer、MGX、T. Rowe Priceが買い手として参加した。これらの取引では新たな外部株主が加わり、OpenAIのキャップテーブル(株主構成表)に新たな名前が追加されるとともに、外部投資家によって検証された新たな評価価格が形成された。しかし、今月の取引は重要な点でこれまでとは異なる。Bloombergに匿名を条件に語った事情に詳しい関係者2人によると、OpenAIは自社の保有資金を使用し、外部の買い手は参加しなかった。評価額は、2026年3月にAmazon、SoftBank、Nvidiaが共同で主導した1220億ドル(約19兆3980億円)のプライマリー資金調達ラウンド完了時と同じ8520億ドルに据え置かれた。これまでOpenAIの評価額は、2024年後半の1570億ドルから2025年初頭の3000億ドル、同年10月の5000億ドル、2026年3月の8520億ドルへと上昇を続けてきた。流動性イベントを通じて評価額を引き上げなかったのは、相次ぐテンダーオファーの中で今回が初めてとなる。AI Weeklyは、OpenAIが自社の保有資金を使って従業員に株式の現金化機会を提供しながら評価額を据え置いたことについて、セカンダリー取引による価格の再評価を避け、未公開市場での評価額を固定する、管理されたIPO前のシグナルだと指摘している。■自社資金による買い取りが持つ戦略的意味自社の保有資金による買い取りには、単にOpenAIが多額の現金を保有していることを示すだけではない、明確な戦略的意図がある。外部投資家がテンダーオファーに参加する場合、投資家は交渉された価格で従業員から株式を買い取る。その価格は、事情に通じた投資家が同社をいくらと評価しているかを示す新たな公開指標となる。仮に外部の買い手が9000億ドルの評価額なら支払う意思を示した場合でも、反対に8000億ドルまでしか支払う意思を示さなかった場合でも、その数字はIPOに向けたロードショーを前に、OpenAIの評価を巡る見方を直ちに変えていただろう。自社資金による買い取りは、こうした事態を完全に回避できる。評価額は3月時点のまま維持され、説明や正当化が必要となる新たな外部評価も生じない。AI Weeklyのアナリストが要約するように、自社資金による買い取りなら、IPOのロードショーで正当化しなければならない新たな外部価格を生み出すことなく、従業員が保有株式を現金化できる。TradingKeyのアナリストは、もう一つの意味として、新たな外部投資家が加わらないため、IPOを担当する投資銀行にとって重要な意味でキャップテーブルを整理された状態に保てる点を指摘している。上場直前に新たな株主を追加すると、新たな開示要件や投資家契約の管理、清算優先権のモデル化などが必要となり、目論見書が複雑になる可能性がある。自社資金による買い取りではこうした問題は生じず、買い取られた株式は金庫株として会社に戻り、投資家の一覧も変わらない。ただし、この自社資金による買い取りは、事業活動から生み出されたキャッシュフローを原資とするものではない。70億ドルは、5カ月前に完了した1220億ドルのプライマリー資金調達ラウンドで得た資金から拠出された。外部投資家から調達した資金を、従業員に株式の現金化機会を提供するために社内で使用した形だ。OpenAIはまだ、70億ドルの支払いを利益から賄えるだけの収益力を備えていない。3月の資金調達を経ても、特別な取り決めなしにOpenAIへ直接融資することを債券・融資市場は受け入れていないとされる。2026年7月には、OpenAIが投資適格の信用格付けを持たないことから、Nvidiaがオハイオ州のキャンパス計画を支援するため、約2500億ドル(約39兆7500億円)の資金保証を交渉していると報じられた。70億ドルの株式買い取りを自社の保有資金で賄えることと、通常の条件による担保付き融資を受けられないことは、相反するものではない。どちらも同社の財務状況を理解するうえで欠かせない事実だ。■評価額据え置きがIPOに与える影響OpenAIは2026年5月、Goldman Sachs、Morgan Stanley、JPMorganを主幹事として、米国証券取引委員会(SEC)にIPO目論見書を非公開で提出した。サム・アルトマンCEOは従業員に対し、今後1年以内の上場を見込んでいると伝えたとされる。しかし、そのスケジュールは2026年6月25日以降、不透明になっている。New York Timesの報道によると、OpenAIのアドバイザーはアルトマン氏に対し、評価額1兆ドル(約159兆円)未満を受け入れて2026年後半に上場するか、1兆ドルの目標を維持して2027年まで待つかという二者択一を提示したという。CNBCの確認報道によれば、アルトマン氏は1兆ドルを下回る評価額について「受け入れられない」と述べたとされる。この報道を受け、SoftBankがOpenAIにコミットしている約650億ドル(約10兆3350億円)について、投資家が資金回収の時期を見直したことから、SoftBankの時価総額は1営業日で約380億ドル(約6兆420億円)減少した。TechTimesは当時、SoftBankの株式市場への影響を詳しく報じている。予測市場Kalshiのトレーダーは、OpenAIが2027年3月1日までに正式にIPOを発表する確率を約59%と見積もっており、2026年中に発表する確率は約3分の1にとどまっている。8月のテンダーオファーはこうした見方を補強するものだ。未公開企業によるテンダーオファーは、株式公開によって提供される流動性の代替手段として機能してきた。買い取り規模が大きいほど、株式を現金化したい従業員からの圧力は弱まり、経営陣は納得できるIPO条件が整うまで待つ柔軟性を得られる。TechCrunchのTim Fernholz氏が報じたように、今回のテンダーオファーは、OpenAIが投資対象を絞り、エンタープライズ事業に注力するという新戦略が成果を上げるまで、待望の上場を延期する可能性を示すもう一つのシグナルかもしれない。■IPO投資家から見たOpenAIの現状将来のIPO投資家にとっては、こうした戦略的な動きとともに、OpenAIの財務状況も重要になる。2026年3月の開示情報によると、OpenAIの月間売上高は20億ドル(約3180億円)、週間アクティブユーザー数は9億人を超えていた。年換算の売上高ランレートは約250億ドル(約3兆9750億円)で、前年比125%の成長に相当する。エンタープライズ顧客が売上高の40%以上を占めており、同社は年末までにエンタープライズ部門とコンシューマー部門の売上構成を同程度にすることを目指している。一方、ジャーナリストのEd Zitron氏が最初に明らかにし、その後Financial Timesが確認した2025年の監査済み財務書類によると、計上売上高130億7000万ドル(約2兆781億円)に対し、営業損失は209億2000万ドル(約3兆3263億円)に達した。同社は2025年だけでMicrosoftにAzureのコンピューティング費用として172億ドル(約2兆7348億円)を支払っており、これは同年の年間売上高全体を上回る。多くのアナリストは、損益分岐点への到達を2029年または2030年と予測している。さらに状況を複雑にしているのが、Wall Street Journalが2026年4月に報じた内容だ。Anthropicがエンタープライズ市場やコーディング市場で勢いを増す中、OpenAIは2025年末までに週間アクティブユーザー数10億人を達成できず、2026年初頭の月間売上高目標にも届かないなど、社内の売上高・ユーザー目標を複数回達成できなかったとされる。アルトマン氏はこの競争環境について、2026年7月にXへ「過去12カ月はこれまでで最高の12カ月ではなかった。その責任の大半は私にある。しかし、これからの12カ月は過去最高になるだろう」と投稿した。OpenAIの未公開市場での評価額8520億ドルは、2025年の売上高の約65倍に相当する。公開市場の投資家は、この倍率が将来の成長によって正当化されると判断する必要がある。■異なる戦略をとるAnthropicOpenAIの最大の競合であるAnthropicは、2026年6月1日にSECへIPO目論見書を非公開で提出し、10月のNasdaq上場を目指している。Anthropicは5月下旬、650億ドル規模のシリーズH資金調達ラウンドを完了し、未公開市場での評価額が9650億ドル(約153兆4350億円)に達したことで、一時的にOpenAIの評価額を上回った。Anthropicが2026年4月に実施したテンダーオファーは、OpenAIとは異なる構造を採用していた。これは2月の300億ドル(約4兆7700億円)の資金調達ラウンドに関連したもので、外部投資家が従業員の株式を買い取る従来型の第三者モデルだった。Bloombergの報道によると、投資家の需要が供給を上回る一方、従業員が売却せず保有を続けることを選んだため、テンダーオファーの実績は目標額を下回ったとされる。OpenAIの過去のテンダーオファーでは反対の状況が起きており、従業員からの売却希望が多かったため、数十億ドル規模の投資家需要が満たされなかった。これが、今回OpenAIが70億ドル規模の買い取りに対応できるだけの売り手を確保できた理由の一つだ。両社のうち先に上場した企業が、その後のAI企業を評価する際に使われる公開市場での比較基準を確立することになる。対象となるのは、評価倍率や財務指標、投資家に提示する成長ストーリーの枠組みだ。この力学は、OpenAIが評価額を据え置いて自社資金による買い取りを実施したことに、さらなる戦略的な意味を与えている。評価額で譲歩することなく、上場時期について最大限の柔軟性を維持できるためだ。■IPOスケジュールへの影響8月のテンダーオファーから得られる最も明確な結論は、OpenAIが上場を急いでいないということだ。同社は、自らの条件で上場するための環境を計画的に整えている。上場直前に参加して譲歩を求める可能性がある新規投資家を入れず、整理されたキャップテーブルを維持している。また、外部の買い手が最後に提示した価格によって変更されることのない安定した評価額の基準を保ち、従業員には相応の株式現金化の機会を提供した。これにより、従業員が経営