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批評家不評も世界1位 Netflix『ザ・ラストハウス』の海洋科学はどこまで本物か
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財経新聞:最新ニュースフィード
※本記事は、クリーチャーの正体・クライマックス・結末を含む本編全体のネタバレを扱う。Netflix映画『ザ・ラストハウス』(原題:The Last House)は、批評家の評価が振るわないまま世界規模の視聴数を集めた。作中のクリーチャー自体は架空の存在だが、その設定が下敷きにしている海洋酸性化や生態学の知見は、いま現在も観測と議論が続く現実の科学である。以下では、劇中の科学的な見立てがどこまで既知の研究に支えられ、どこから推測に踏み込んでいるのかを整理する。■批評家と観客の評価が逆転した理由2026年8月7日のNetflix配信開始から3日後、『ザ・ラストハウス』は89カ国で視聴ランキング1位に達した。FlixPatrolのデータによるもので、Rotten Tomatoesの批評家スコアが40%未満だったことを踏まえれば、商業的な結果は批評的な評価をそのまま反転させた形になる。批評家はジャンル映画としての達成度に目を向けた。一方、批評的評判の高低を問わずNetflixオリジナル作品がめったに届かない規模の関心を集めた観客側が反応したのは、レビューがほとんど触れなかった点だったとみられる。すなわち、住処を追われた海の生物が戻ってくることには論理的な理由がある、という、確認済みの生態学に根ざした見立てである。この見立て自体はSFではない。アメリカ海洋大気庁(NOAA)の西海岸海洋酸性化調査航海(WCOA 2026)は2026年7月にサンディエゴを出港し、産業革命以降にpHが0.1低下した海域の化学的変化を継続的に監視している。pHの0.1低下は、水素イオン濃度でみれば酸性度が約30%上昇したことに相当する。映画のクリーチャーは架空だが、彼らが反応している「生息域を追われる圧力」のほうは記録に残る現実である。■「競争的排除」は演出ではなく作品の科学的骨格映画はアーサー・C・クラークの一節から始まる。「この惑星を『地球(Earth)』と呼ぶのはいかにも不適切だ。明らかに『海(Ocean)』なのだから」。ルイ・レテリエ監督と脚本のマシュー・ロビンソンは、これを装飾としてではなく、作品の主題そのものとして置いている。中盤、閉ざされた家での長い監禁生活を経て、家族のなかで最も緻密に考える存在へと成長した10代の娘ルースは、一家を家に封じ込めているのはエイリアンではなく、生態学が「競争的排除」と呼ぶ縄張りの論理に従って動く生物ではないかと考える。ロシアの生態学者ゲオルギー・ガウゼが著書『生存競争(The Struggle for Existence)』(1934年)で定式化したこの原則は、同じ限られた資源をめぐって競合する2つの種は、安定した均衡のもとで無期限に共存することはできない、というものだ。一方が他方を排除し、排除された種は適応するか、移動するか、あるいは局所的・全球的に絶滅する。ルースの理論が作中で最も科学に踏み込んでいるのは、この排除の構図を反転させている点にある。人類の文明は、海洋酸性化、水温上昇、物理的な生息地の破壊を通じて、数百に及ぶ海洋種を機能的絶滅の方向へ押しやってきた。IUCNレッドリストは、海洋種の減少がいまも進行している実態を記録している。ルースの読みでは、劇中のクリーチャーは、深海へ後退し続けるコストが、表層の生息域をめぐって能動的に競合するコストを上回る——その行動上の閾値に達した存在として描かれている。ただし、理論の射程は確認しておく必要がある。ガウゼの競争的排除則が述べるのは、同じニッチを争う2種が長期的には共存し得ないという帰結であって、劣位に置かれた種が「反撃に転じる」ことを予測する理論ではない。「他種の生存可能な生息地を一定の閾値以下まで削れば、縄張り争いの費用対効果が反撃側に傾く」というルースの推論は、行動生態学的な発想を接ぎ木した拡張解釈であり、原則そのものから直接導かれる予測ではない。とはいえ、劇中の世界においてルースの見立ては正しかった。そしてガウゼの原則は、どちらの種が優位であるかを問わない。■海洋プランクトンはすでに雨に関与しているクリーチャーの最も視覚的に印象的な能力——近隣一帯の降雨を左右し、床下から家を浸水させ、一家の淡水作物に塩水を差し向ける——は、一見してファンタジーに映る。しかし、その下敷きになっているメカニズム自体は確認済みの生物学である。海洋植物プランクトンはジメチルスルホニオプロピオネート(DMSP)を生成し、これが分解して揮発性ガスのジメチルスルフィド(DMS)となる。DMSは大気中に放出されて酸化し、硫酸エアロゾルになる。このエアロゾルが雲凝結核、すなわち水滴が形成される足場として働く。これは1987年にチャールソン、ラブロック、アンドレーエ、ウォーレンがNature誌に発表した「CLAW仮説」の骨格であり、海洋生物が大気の降水過程にどう影響しうるかを考えるうえでの基礎的な枠組みとして参照され続けている。ただし、DMS由来のエアロゾルが雲凝結核として働く経路自体は確立している一方、CLAW仮説が想定した「生物が気候を調節するフィードバック」がどれほど強く働くかについては、その後の研究で異論も示されており、決着はついていない。いずれにせよ、映画がクリーチャーに与えたような規模や意図的な主体性は伴わないものの、海洋生物が地球の降水サイクルに関与していること自体は確認されている。一家の淡水作物に対する塩水の武器化には、超自然的な説明は一切不要だ。塩分は淡水に依存する植物組織にとって浸透圧的に致命的である。海洋生物にとって化学的に中立なものが、淡水代謝に依存する作物にとっては破壊的に働く。クリーチャーがそこに存在すること自体が攻撃であり、その化学的性質が武器になる。意図は必要ない。NOAAの継続的な監視は、これが単なる巧妙な仕掛け以上のものであることを裏づけている。海面のpHは1950年から2020年にかけて、およそ8.15から8.05へ低下したとされる。現在サンディエゴからワシントン州にかけて北上しながら採水を続けるWCOA 2026の航海は、その傾向がどこへ向かっているかを示す化学的記録を積み上げている。映画は、観測機器がリアルタイムで測定している変化の延長線上に設定を置いている。■水圧の壁:クリーチャーの設定が実際に要求するものクリーチャーが超深海帯(ハダル帯、水深6,000〜11,000メートル)に由来するというルースの理論は、この映画の科学的側面で最大の生物学的課題を抱えている。ただし、それは切り捨てるためではなく、真剣に検討する価値のある論点として面白い。超深海の深度に適応した生物は、生化学的な適応——具体的には、圧縮下でタンパク質を安定させる有機オスモライトであるトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)の蓄積——によって、1,100気圧を超える圧力下で生存している。TMAOの濃度は深度に比例して高くなる。西オーストラリア大学のアラン・ジェイミーソン教授のチームは2022年、伊豆・小笠原海溝の水深8,336メートルでクサウオ科の魚(スネイルフィッシュ)を撮影し、確認された最深の魚類記録を更新した。この分野では、魚類の分布限界はおよそ8,200〜8,400メートル付近にあり、それ以深では圧力を打ち消すのに十分な濃度のTMAOを蓄積できないと考えられている。ここに重要な区別がある。TMAOの限界が適用されるのは脊椎動物である。映画のクリーチャーは魚ではない。ナマコ類、多毛類、端脚類といった一部の海洋無脊椎動物は、TMAOに依存しない別の圧力対応メカニズムによって、水深11,000メートルで生存していることが確認されている。地質学的な時間をかけて圧力を均等化する体の仕組みを進化させた、大型で複雑な無脊椎動物が入り込む生物学的な余地は、空ではない。単にまだ地図が描かれていないだけだ。2023年には、太平洋のクラリオン・クリッパートン海域の水深4,100メートルで、未記載のムチイカ科の一種が泥をかぶるという未報告の行動をとっている様子が記録された。それまで誰も観察したことのない種であり、行動だった。そこは超深海帯ではなく、深海帯の入り口に過ぎない。それでもすでに研究者を驚かせている。映画は、既知の種が見落とされていたと主張しているわけではない。まだ探査されていない海底の8割に生物学的な驚きが残っている、と提案しているのだ。その主張は、現時点で反証されていない。ただし、反証できないことがそのまま存在の裏づけになるわけではない。ここで言えるのは、この設定が既知の物理的・生理的制約と正面から衝突してはいない、という程度のことである。■頭足類の知性:英国の動物福祉法とルースの「慈悲」の場面映画のクライマックスは、認知に関するひとつの主張の上に成り立っている。罠にかかったクリーチャーに銛を撃ち込んだジェイソンは、その前に立ち、解放を要求する。ルースは彼に手を止めるよう説得する。クリーチャーはその抑制を認識し、緊張緩和を他の個体へ伝える。描かれた通りに機能するためには、クリーチャーは種の境界を越えて意図的な行為を認識し、その認識を群れ全体へ伝播させる能力を備えていなければならない。これは作中で最も推測的な生物学である。同時に、現実の研究の蓄積が最も直接に関わる主張でもある。2021年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のジョナサン・バーチ博士が率いた英政府委託のレビューは、無脊椎動物の感覚(sentience、痛みや苦痛を感じる能力)に関する300件を超える科学研究を精査し、タコ類には感覚を持つとみなすべき強い証拠があると結論づけた。この結論は、2022年に成立した英国の動物福祉(感受性)法(Animal Welfare (Sentience) Act 2022)が、対象とする「動物」の定義をすべての頭足類軟体動物と十脚目甲殻類にまで拡張したことに直結している。同法は、政府の政策が動物福祉に与える影響を審査する委員会の設置を柱とするもので、無脊椎動物を感覚のある存在として法的に位置づけた点に前例がない。EUでは、科学目的で用いられる生きた頭足類が、指令2010/63/EUの保護対象にすでに含まれていた。頭足類の認知研究における第一人者、レスブリッジ大学のジェニファー・マザー教授は、空間学習、道具の使用、肯定的な情動と整合する遊び行動など、タコに「心」と呼びうる働きがあると論じている。一方、ピエロ・アモディオら他の研究者は、同じ行動証拠は心の理論を持ち出さなくても連想学習で説明できると慎重な見方を示す。科学的な議論は現在も進行中で、決着していない。映画の世界設定は、より科学的に擁護しやすい枠組みを暗黙のうちに採ることで、この論争を回避している。慈悲への反応は、個体の共感としてではなく、群れの中を伝播していく分散型のシグナルとして描かれる。1つの個体が抑制のシグナルを受け取ると、それが緊張緩和のプロトコルとして波及していく。個人的な思いやりというよりは、粘菌の創発的な問題解決に近い描き方だ。構造の面では、タコのニューロンのおよそ3分の2は中枢の脳ではなく腕に分散しており、半自律的な意思決定を可能にしている。これは、まったく異なる進化の系統がまったく異なる生物学的アーキテクチャを通じて行動的な複雑さに到達した例であり、進化的収斂による知性と評されてきた。ただし、1個体の内部で神経系が分散していることと、群れ全体で情報が伝播することは別の現象であり、前者から後者を導く根拠はない。映画の演出は両者を地続きのものとして見せているが、その接続部分こそが本作で最も推測に依存している箇所である。■5年間の屋内生活:NASAの研究が突きつける限界5年間の監禁生活のなかで、デルガド一家は2系統の食料システムを構築する。アンによる床下の土壌菜園と、ジェイソンによる煙突の罠を使ったタンパク質の確保(リス、キツネ、スカンクを機械的な仕組みで居間へ導く)である。映画はこれを、定常状