ソニーセミコンダクタソリューションズとTSMCは、熊本県合志市に新設されたソニーの工場を活用し、次世代イメージセンサーの開発・製造を担う合弁会社の設立を検討している。日本経済新聞などの報道によれば、総投資額は約1兆円、出資比率はソニー側が約60%、TSMCが約40%となり、2029年にも量産を始める計画だという。ただし、両社が公式に発表しているのは法的拘束力のない基本合意までであり、投資額、出資比率、量産時期は正式に確定していない。両社は、ソニーのイメージセンサー設計の知見と、TSMCのプロセス技術および製造能力を組み合わせる。車載やロボティクスなどの「フィジカルAI」分野も視野に入れる一方、投資は市場需要に応じて段階的に実施し、日本政府の支援を受けることを前提に検討されている。■なぜソニーは単独製造から転換したのかソニーセミコンダクタソリューションズとTSMCは2026年5月8日、次世代イメージセンサーの開発・製造に関する戦略的提携に向け、法的拘束力を伴わない基本合意書を締結した。ソニーが合弁会社の過半数の株式を保有して支配株主となり、熊本県合志市に新設されたソニーの工場へ開発・生産ラインを設ける方向で協議している。8月10日の日本経済新聞の報道によると、両社は総額約1兆円を投じ、ソニー側が約60%、TSMCが約40%を出資する方向で調整している。2026年度内の合弁会社設立と、2029年の量産開始を目指すという。ただし、8月10日時点で両社はこれらの金額や時期を正式発表していない。ソニーは従来、イメージセンサーの設計から製造まで幅広い工程を自社グループ内で担ってきた。一方、積層型イメージセンサーのロジック部分については、すでにTSMCの製造技術も活用している。今回の構想は、この分業関係を合弁会社という形に発展させ、設備投資や製造上のリスクを両社で分担するものと位置づけられる。ソニーグループの十時裕樹社長CEOは、2026年5月の経営方針説明会で、今回の提携を「ファブライト戦略の第一歩」と説明した。ここでいうファブライトとは、製造機能をすべて手放すのではなく、自社の中核技術や事業の主導権を維持しながら、外部パートナーの製造技術や投資能力を活用する考え方である。約1兆円という投資額は、TSMCが熊本県で整備したJASM第1工場の投資額に近く、ソニーの半導体事業にとっても大規模な計画となる。ただし、合弁会社の株式保有比率と実際の資金負担割合が同じになるとは限らない。政府補助金、借入金、段階的な設備投資などを含む資金計画の詳細は公表されていない。■自動車・ロボティクス向けセンサーに求められる3つの要件車載、ロボティクス、産業用検査などに使われるイメージセンサーでは、画素数だけでなく、高速で動く対象を歪みなく捉える性能、明暗差の大きな環境への対応、厳しい使用環境下での信頼性などが重要になる。1つ目は、高速で動く対象を撮影する能力である。ローリングシャッター方式では、画面の上から下へ順番に画素を読み出すため、被写体やカメラが高速で動くと画像に歪みが生じる場合がある。これに対し、グローバルシャッター方式はすべての画素を同じタイミングで露光するため、動体の形状をより正確に捉えやすい。高速で動く生産設備やマシンビジョンなどで重要な技術である。2つ目は、広いダイナミックレンジである。自動車が暗いトンネルから明るい屋外へ出る場合や、工場内で照明と影が混在する場合には、暗部と明部を同時に認識する性能が求められる。ただし、必要なダイナミックレンジは製品や用途によって異なるため、すべての車載センサーに一律の数値要件が課されているわけではない。3つ目は、温度変化への耐性や機能安全への対応である。車載機器は民生用機器よりも広い温度範囲や長期的な信頼性を求められる。自動車向けシステムではISO 26262に基づく機能安全への対応も重要になるが、ASILは個々のセンサーに一律に付与される単純な「認証」ではなく、システムの安全目標や開発プロセスに応じて扱われる安全度水準である。ソニーはすでに産業用や車載用のイメージセンサーを展開している。2024年11月に商品化を発表したIMX925は、独自のPregius S技術を搭載した産業機器向けグローバルシャッター方式CMOSイメージセンサーであり、マシンビジョンや自動光学検査などを主な用途としている。車載向け製品として発表されたものではないため、産業用・ロボティクス用途の例として位置づけるのが適切だ。■ファブライトモデルにおける役割分担積層型CMOSイメージセンサーは、光を受け取る画素部分と、信号処理を担うロジック部分を別々に形成し、積層する構造を採る。各部分を個別に最適化できるため、小型化、高速化、高機能化を進めやすい。画素部分には、光を電気信号に変換するフォトダイオードなどが配置される。ソニーは画素設計やイメージセンサー固有の製造技術を競争力の源泉としてきた。ロジック部分には、読み出し回路、アナログ・デジタル変換回路、信号処理回路などが配置される。製品によってはメモリやAI処理回路を組み合わせることもできる。ロジック部分では、微細な半導体プロセスを活用することにより、処理性能や消費電力を改善できる可能性がある。ソニーの公式発表は、ソニーがイメージセンサー設計の知見を提供し、TSMCがプロセス技術と製造能力を提供するとの大枠を示している。ただし、合弁会社が画素部分とロジック部分のどの工程を担当するのか、ソニーとTSMCが具体的にどの技術を共有するのかは公表されていない。ソニーが画素層の製造プロセスをTSMCと共有しないとの情報は報道に基づくものであり、正式な役割分担の発表を待つ必要がある。画素チップとロジックチップの接続には、ソニーが量産技術を確立したCu-Cu接続を利用できる。これは、それぞれの積層面に形成した銅端子同士を直接接続する技術であり、従来必要だったシリコン貫通電極用の専用領域を削減できる。センサーの小型化、設計自由度の向上、端子配置の高密度化などにつながる。合志市の新工場には、合弁会社の開発・生産ラインを設置する方向で検討が進められている。ソニーが過半数を保有する支配株主になることは公式発表に明記されているが、約60%という具体的な出資比率は報道段階である。■日本のフィジカルAI戦略における熊本の位置づけ日本政府は「AI・半導体産業基盤強化フレーム」に基づき、2030年度までの7年間に10兆円以上の公的支援を行い、10年間で50兆円を超える官民投資を促す方針を掲げている。経済産業省の2026年度予算では、AI・半導体分野に1兆2390億円が計上された。このうち、AIロボットやフィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデルの開発には3873億円が充てられている。ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、ホンダを中核企業とするNoetraは、国産マルチモーダル基盤モデルの研究開発に取り組んでいる。NoetraはNVIDIA Rubin GPU約2万7500基を搭載したAI計算基盤を2027年4月から構築し、2028年6月から稼働させる予定だ。ただし、これは政府が直接所有する「国立施設」ではなく、44社が出資するNoetraによる官民連携プロジェクトである。ソニーとTSMCの合弁構想は、こうしたフィジカルAI政策と技術的な接点を持つ。ロボットや自動運転システムが現実世界を認識するには、カメラや各種センサーから精度の高い情報を取得する必要があるからだ。熊本県には、TSMCが過半数を出資するJASMの半導体工場に加え、ソニーのイメージセンサー関連拠点や多数の半導体関連企業が集積している。ただし、熊本にNoetraのAI計算基盤が設置されるとは発表されておらず、半導体製造拠点とAI学習施設が同じ地域に集積するとの記述は確認できない。経済産業省は2026年4月、合志市で進められるイメージセンサーの供給確保計画に最大約600億円を助成する方針を示したと報じられている。この計画では2029年5月の供給開始が想定されているが、今回報じられた約1兆円の合弁事業と、既存の1800億円規模の設備投資計画がどこまで重なるのかは明らかになっていない。■ソニーのIP戦略と競争環境ソニーはCMOSイメージセンサー市場で世界首位の地位を維持しているが、Samsung Electronicsや中国系メーカーなどとの競争は続いている。スマートフォン市場に加え、車載、産業、ロボティクスなどの用途を開拓することが今後の成長にとって重要になる。Appleは2025年8月、Samsungの米テキサス州オースティン工場で、革新的な半導体製造技術を利用する計画を明らかにした。これが将来のiPhone向けイメージセンサーに関係するとの報道もあるが、製品の詳細や供給開始時期は公式には限定的にしか示されていない。ソニーとTSMCの公式な基本合意は、車載やロボティクスなどのフィジカルAI分野を新たな機会として挙げている。一方、特定の顧客やiPhone向けセンサーの生産については言及していない。そのため、今回の合弁構想をApple向け供給の変化に対する直接的な対抗策と断定することはできない。投資家は8月10日の報道を好感し、ソニーとTSMCの株価は上昇した。ただし、約1兆円の投資額、60対40の出資比率、2029年の量産開始は正式発表ではない。合弁会社の設立には、法的拘束力のある確定最終契約の締結と、一般的なクロージング条件の充足が必要になる。■合弁事業が解決しない課題合志市の新工場は、2026年7月28日に発生した「令和8年熊本地震」の被災地域に位置する。気象庁によると、地震の規模はマグニチュード7.1で、宇城市と氷川町で最大震度7、合志市で震度6弱、菊陽町で震度5強を観測した。地震後、菊陽町のソニー熊本テクノロジーセンターは生産活動を停止した。ただし、ソニーは8月4日から段階的に生産を再開し、8月中旬には地震前の稼働水準へ戻る見込みを示している。このため、8月10日時点で「稼働停止が続いている」とするのは正確ではない。合志市の新工場について、ソニーの公式な地震関連発表は操業中の熊本テクノロジーセンターほど詳細な被害状況を示していない。新工場が「耐震補強され、生産への支障がなかった」と断定できる公式情報も確認できないため、施設の状態については慎重な記述が必要だ。熊本にはJASMやソニーの拠点、半導体製造装置・材料関連企業が集まっている。集積は開発、生産、人材確保の面で利点をもたらす一方、地震などの災害によって複数の拠点が同時に影響を受ける地理的集中リスクも抱える。また、合弁構想の量産開始が2029年と報じられていることから、足元のスマートフォン向けセンサー市場や顧客の調達方針に直ちに影響を与えるものではない。具体的な製品、顧客、生産能力、製造工程はまだ公表されていない。今回の構想が示しているのは、ソニーがイメージセンサー事業の支配権と設計上の強みを維持しながら、TSMCのプロセス技術と製造能力をより深く取り込もうとしていることだ。もっとも、投資規模や技術分担を含む最終的な事業像は、確定契約と両社の追加発表を待つ必要がある。■注目ポイントQ&A●「ファブライト」戦略とは何ですか?なぜソニーはそれを採用しているのですか?ファブライトとは、自社の製造機能を完全に手放すのではなく、中核技術や設計、事業の主導権を維持しながら、一部の製造工程や設備投資を外部企業と分担する事業モデルです。ソニーは、支配株主として合弁会社の主導権を維持しつつ、TSMCのプロセス技術と製造能力を活用する方針です。投資負担の具体的な分担割合はまだ正式に発表されていません。●なぜロボットや自動運転車などのフィジカルAIアプリケーションには、スマートフォンにはないセンサーが必要なのですか?ロボットや自動車では、高速で動く対象を歪みなく撮影すること、逆光や暗所など明暗差の大きい環境で情