中国の「長征7号A」ロケットが8月10日、打ち上げから85秒後に爆発し、搭載されていた軍事通信衛星が失われた。同ロケットに搭載されている「YF-100」エンジンは中国の複数の主力ロケットに採用されており、原因究明に向けた調査対象となっている。この影響で、同型エンジンをブースターに使用し、近く打ち上げられる可能性がある月南極探査ミッション「嫦娥7号」のスケジュールにも遅れが生じる可能性が浮上している。■打ち上げから85秒後に何が起きたのか中国の長征7号Aロケットが8月10日、文昌宇宙発射場からの打ち上げから85秒後に爆発した。新華社と中央人民広播電台(China National Radio)の情報によると、搭載されていた軍事通信衛星「中星4B(ChinaSat-4B)」は失われた。これにより、中国の現代的なロケット群で幅広く使用されているYF-100エンジンも調査対象となった。月南極探査ミッション「嫦娥7号(Chang'e 7)」のために同発射場の発射台にすでに配置されている長征5号も、今回失敗したロケットと同型のYF-100エンジンを搭載したブースターを使用する。そのため、衛星1機の喪失に始まった今回の失敗は、中国がこの10年で最優先とする宇宙計画の一つに影響する問題へと急速に発展している。ロケットは8月10日午前8時2分(米東部時間、協定世界時午後0時2分、北京時間午後8時2分、日本時間午後9時2分)、第201発射施設から打ち上げられた。最初の1分間は正常に上昇したが、第1段と4基の液体燃料ブースターが同時に燃焼する段階で異常が発生した。機体は火球となって爆発し、沿岸部の発射場近くにいた人々もその様子を目撃した。ロケットと衛星はいずれも南シナ海上で失われた。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの天文学者ジョナサン・マクダウェル氏は、打ち上げ映像から、ロケットが低高度かつ低速の段階で完全に破壊されたことを確認した。このため、ペイロードも破片も軌道には到達しなかったという。中国の国営通信社である新華社は、打ち上げから約3時間後に失敗を確認し、ロケットが「飛行中に異常」を起こし、原因を分析・調査していると発表した。中央人民広播電台は打ち上げ前後に、ペイロードを中星4Bとする記事を一時掲載したが、その後、Baidu(百度)にインデックスされていたページから記事が削除された。失敗は、技術者が「同時燃焼フェーズ(joint burn phase)」と呼ぶ飛行初期の段階で発生した。第1段の2基と4基のブースターに搭載された計6基のYF-100エンジンが同時に作動し、合計7200キロニュートン(約160万重量ポンド)の推力を生み出す段階である。6基のエンジンはいずれも、ケロシン系燃料のRP-1と液体酸素を使用する酸化剤リッチ二段燃焼サイクルを採用している。これは、高い効率を実現するため、18メガパスカル(約2600psi)という極めて高い燃焼室圧力で作動する推進方式である。同時燃焼フェーズは、機体に最も大きな負荷がかかる飛行段階だ。6基のエンジンがすべて作動し、ロケットは空力的な負荷が大きい低高度にあり、推進剤供給システムにも最大の負荷がかかる。■主力エンジン「YF-100」への影響と「嫦娥7号」への波及懸念航天推進技術研究院が設計したYF-100は、中国の現代的なロケット計画を支える主力エンジンであり、長征5号、6号、6A、6C、7号、7A、8号、8A、10号、12号の各シリーズで使用されている。YF-100に最大の負荷がかかる同時燃焼フェーズで失敗が発生した場合、異常がエンジン自体に起因するのか、液体酸素の供給系に起因するのか、機体全体の推進管理システムに起因するのかを直ちに特定することはできない。原因が特定されるまで、YF-100エンジンファミリー全体が精査の対象となる。長征7号Aの飛行停止システムが地上管制によって作動したのか、それとも推進系の故障によって爆発したのかは、まだ分かっていない。飛行停止システムは、コースを外れたり重大な異常が発生したりした機体を意図的に破壊する、火工品を用いた安全機構である。この違いは調査範囲を左右する。推進系の故障であればエンジンまたは供給システムに原因がある可能性が高まる。一方、飛行停止システムが作動したのであれば、センサーの故障や航法エラーを含む何らかの原因で異常な飛行経路に入った可能性がある。2020年に起きた長征7号Aの初打ち上げ失敗も、同様の飛行段階で発生した。その原因は後に、ブースターの液体酸素供給ラインで発生したキャビテーションと特定された。推進剤ライン内に蒸気の気泡が生じて圧力が低下し、エンジンの推力が不足したものだ。2026年の今回の失敗が同じ根本原因によるものかどうかは、まだ分かっていない。ただし、ミッションを分析している専門家からは、失敗時の飛行状況が似ているとの指摘が出ている。長征7号Aと長征5号は異なるロケットであるため、今回の失敗は長征5号に影響しないとの見方は、技術的には正確ではない。中国で運用中の最も強力なロケットである長征5号は、液体水素と液体酸素を使う極低温コアステージに加え、標準的なK-2-1構成で4基のYF-100搭載ブースターを使用する。これらのブースターは、今回の失敗を受けて調査対象となったものと同じエンジン形式、同じ推進剤の組み合わせ、同じ二段燃焼方式を採用している。2026年1月に長征3Bの極低温第3段に搭載されたYF-75が故障し、衛星「実践32号(Shijian-32)」が失われた際、中国航天科技集団(CASC)は長征3Bと長征7号Aを約5カ月間、飛行停止とした。両ロケットが同じYF-75第3段の設計を共有していたためだ。今回も基本的な考え方は同じだが、影響範囲はより大きい。YF-100は長征7号Aだけでなく、中国の現代的なロケット群に幅広く採用されているからだ。中国国家航天局(CNSA)の嫦娥7号は、月南極を目標とする無人探査ミッションで、オービター、着陸機、探査車のほか、永久影クレーター内の水氷を探すための小型ホッピング探査機で構成される。ミッションに使用される長征5号はすでに文昌で組み上げられ、準備が進んでいる。打ち上げを観測する関係者らは、8月24日前後が打ち上げ可能期間の一つになるとみており、10月にかけても予備の機会があるとされる。今回の失敗の根本原因を調査担当者が早期に特定し、主要な打ち上げ可能期間が終わる前、または予備日程の選択肢が狭まる前に、長征5号のYF-100搭載ブースターを飛行可能と判断できるかどうかが、CASCにとって中心的な技術課題となっている。嫦娥7号には海外から提供された科学観測機器も搭載されるため、延期や飛行見合わせは中国国内のスケジュールだけでなく、国際的な影響を伴う問題となる。■失われた軍事通信衛星「中星4B」中国の新華社は8月10日、失われた衛星が中星4B(ChinaSat-4B)であることを確認した。番号の小さい中星シリーズの衛星は、宇宙分野の専門家から軍事通信衛星と広く評価されている。この名称も、長征7号Aが機密性の高い静止軌道ミッションに使用されてきた傾向と一致する。2024年に打ち上げられた先代の中星4Aは、音声、データ、ラジオ、テレビの伝送サービスを提供すると説明されていた。中星4Bは、その能力を拡張または引き継ぐものとみられていた。衛星が投入される予定だったのは、赤道上空3万5786キロメートル(2万2236マイル)の静止軌道である。最終的な軌道位置に配置された衛星は、地球上の一定地点の上空に静止しているように見えるため、広い地域を継続的にカバーできる。その喪失によって中国の軍事通信衛星インフラに空白が生じ、代替ミッションが必要になる。今回の打ち上げは、長征7号Aとして18回目、長征7号ロケットファミリー全体では29回目、長征ロケット計画全体では662回目の打ち上げ試行だった。長征7号Aの飛行中の失敗は、2020年3月の初打ち上げに続いて2回目となる。■過去の失敗との類似点と今後の影響8月10日の事故は、その発生状況と飛行段階が長征7号Aの初打ち上げ失敗と似ているが、当時とは背景が大きく異なる。2020年3月の時点では、長征7号Aは新型ロケットで、まだ運用実績を確立していなかった。CASCは機体を飛行停止とし、問題の根本原因をブースター供給ラインの液体酸素キャビテーションと特定した。影響を受けた部品を再設計または再認定し、約1年後の2021年3月に飛行を再開した。その後、今回の爆発までに16回連続でミッションを成功させていた。2026年現在、飛行停止の影響は長征7号Aだけにとどまらない。中国は2026年に約140回の軌道打ち上げを目標としている。これは、2025年に実施した93回から約52%の増加となる。今回の失敗は、2026年に入って56回の打ち上げ試行のうち4回目の失敗である。長征7号Aは、中国の静止トランスファー軌道ミッションに使われる主要ロケットで、民間と軍事の両方の衛星計画を担っている。飛行停止となれば、高軌道向けペイロードの打ち上げ待ちが発生する。短期的な代替手段は、YF-75第3段の調査を経て6月に飛行を再開したばかりの長征3Bに限られる。ただし、同ロケットが運用可能な状態を維持することが前提となる。CASCの技術者は長征7号Aだけでなく、同時燃焼フェーズにおけるYF-100の運用条件に未解決の脆弱性がないかも評価する必要がある。調査の結果、製造上の欠陥、液体酸素供給システムの設計上の問題、またはロケット群で共通するエンジン管理ソフトウェアの異常が示された場合、飛行停止の範囲はYF-100の派生型を使用するすべてのロケットに及ぶ可能性がある。実現すれば、中国の現代的な宇宙計画では前例のない事態となる。過去の事例を見ると、調査期間は、技術者が根本原因をどれだけ早く特定できるか、また関係する部品やシステムがロケット群でどの程度共有されているかによって異なる。2020年の長征7号Aの失敗では、2020年3月の事故から2021年3月の飛行再開まで約1年を要した。2026年1月の長征3BとYF-75をめぐる調査には約5カ月かかった。比較的早く解決した背景には、過去の事故調査で得られた知見に加え、YF-75を共有する範囲が長征3Bと長征7号Aの第3段に限られていたことがある。今回の調査対象であるYF-100と関連する液体酸素供給系は、より幅広いロケットに採用されている。徹底的な調査には、テレメトリーデータの確認、中国運載火箭技術研究院の工場で製造中の機体の検査、推進剤の充填・供給システム設計の検証、一般の人々が撮影した映像や利用可能な地上追跡データを使った事故進行過程の分析などが必要となる。CASCは調査日程を公表していない。文昌宇宙発射場そのものの復旧は、比較的単純とみられる。沿岸部の発射場近くで撮影された映像には爆発が明確に記録され、破片の落下範囲は海上にある。また、中国当局が映像の公開を抑えようとする動きは確認されていない。少なくとも事故の発生状況が映像で明らかになっている点は、過去の中国の宇宙計画における対応と比べて注目される。CASCは、航空宇宙分野の一般的な手順に従って事故調査委員会を設置する見通しだ。製造中の機体を含む長征7号Aは、根本原因が特定されるまで飛行停止となり、検査を受ける。CASCが短期的に下す必要がある最も重要な判断は、長征7号Aの調査がすべて終わるのを待たず、嫦娥7号に使用する長征5号のYF-100搭載ブースターを飛行可能と判断するかどうかである。月探査ミッションを延期するコストと、完全な調査が終わっていない推進システムで打ち上げるリスクを比較する判断となる。この決定は、中国の宇宙計画だけでなく、嫦娥7号に観測機器を搭載する海外の協力機関からも注視されることになる。もう一つの当面の関心事は、酒泉から8月10日に打ち上げが予定されていた商業ロケ