この連載は、アーリーステージのスタートアップや投資家たちが毎月集う、クローズドなイベント「Monthly Pitch」の現場で出会った起業家を取り上げるシリーズです。登壇希望の方はこちらから ヴェルトの代表取締役 CEO […]この連載は、アーリーステージのスタートアップや投資家たちが毎月集う、クローズドなイベント「Monthly Pitch」の現場で出会った起業家を取り上げるシリーズです。登壇希望の方はこちらからヴェルトの代表取締役 CEO・野々上仁氏が手がけるのは、相関ではなく「因果(コーザリティ)」に基づく AI「コーザル AI アシスタント」だ。生成 AI が当たり前になった時代に「なぜ」を問い直すこのアプローチは何を解こうとしているのか。なぜ今の AI は「なぜ」に答えられないのかみなさんは生成 AI を使っていてそれが本当なのかどうなのか、なぜそうなったのか気になったことはないだろうか?ヴェルトが重視するのは、AIの結論だけでなく、そこに至る理由を人が説明できる状態だ。「これまでは一人ひとりが考え、判断し、責任を持っていました。でも今は、生成 AI から受け取った内容を使ったり、判断を自動化したりする時代です。どこまでがその人の考えなのかが、あやふやになってきている。それでも責任は人間に残る。だからこそ、なぜその判断に至ったのか、どういう前提で採用したのかを、しっかり言えることが重要になっています」(野々上氏)。というのも、生成AIの言語モデルは、学習したパターンを基に出力を生成するため、もっともらしくても事実と異なる内容を含むことがある。ここで重要になるのが、相関と因果の違いになる。たとえばアイスの売上と水難事故の件数は比例して見えるが、両者を同時に押し上げているのは「気温が高い」という共通の要因であり、直接の因果関係ではない。こうした擬似相関を見誤ると、判断は逆を向く。「コロナ初期にワクチンを接種すると死亡率が上がる、というニュースが一部で出ました。でも年代ごとに分けて見ると、各年代ではちゃんと効果が出ている。当時は高齢者から順に接種していたので、全体で見ると『打つと死亡率が上がる』ように見えてしまっただけなんです」(野々上氏)。二つの変数だけを見る相関では、こうした誤りが生じる。因果推論が問うのは、「ある条件を変えた場合」と「変えなかった場合」で結果がどれだけ異なるかだ。実際には、環境や属性のように操作できない要因、施策のように操作できる要因、そして結果を分けて関係をモデル化する。すべての条件をそろえた比較は難しいため、ランダム化比較試験(RCT)などの手法を用いるが、コストや倫理面の制約もある。これらは Judea Pearl 氏、Donald B. Rubin 氏らが発展に大きく寄与してきた研究領域なのだそうだ。高度人材の暗黙知を「資産」に変えるxCausal(クロス・コーザル)は、「何が結果を左右するのか」を因果モデルとして整理し、施策を変えたときに結果へどの程度の影響が見込まれるかを検討するプラットフォームだ。そのモデルを、現場の担当者が自然な対話で利用できるようにしたものが「コーザル AI アシスタント」である。野々上氏はシャンパン「ドン・ペリニヨン」の醸造最高責任者の話を例に挙げて説明してくれた。ブドウに厳しい気候となった2003年は、ブレンド比率を変え、収穫時期を早めるなど細かな調整を重ねて素晴らしい一本を生んだ。 一方、好天に恵まれた2004年について、責任者は「何もしないことが努力だった」と語ったという。環境という制御できない要因を見極め、自分が手を加えられる部分だけを最適に調整する。こうした熟練のみぞ知る知見を「暗黙知」と言ったりする。この暗黙地を環境・施策・結果の関係として扱うのが構造的因果モデルの考え方だ。「高度人材が抜けると、残った人は忙しくて聞けない、ドキュメントだけではわからない、そもそも誰に聞けばいいかわからない、という状態になります。そこで、しっかりモデルを作ってデータが血のように通う状態にしておけば、あたかもその人がいるかのように聞ける。それがコーザル AI アシスタントです」(野々上氏)。RAG(検索拡張生成)が必要な情報を探し出す仕組みだとすれば、コーザル AI アシスタントは、あらかじめ検証した因果モデルを基に「なぜそうなったのか」「何を変えれば結果が変わるのか」を扱う。ただし、モデルが正しく機能するには、組織内で使う言葉とデータの定義をそろえる必要がある。例えば「売上」が何を指すかは会社ごとに異なるため、同社はその意味づけを担うセマンティックレイヤーも実装する。ヴェルトはこの技術を製造、ヘルスケア、マーケティングなどを適用領域にしている。極めて先鋭的な技術ということもあり、同社を頼るクライアントはメジャーどころが並ぶ。要点は、原因と結果に至る仕組みを人が理解し、施策の効果をシミュレーションできることにある。こうした因果モデルの考え方は、学習済みデータだけでは捉えにくい現場での判断にも応用できる可能性がある。サン・マイクロ、オラクルを経て「学問」に行き着いた野々上氏のキャリアも興味深い。新卒時の外資系金融への内定を辞退後、メーカーで光ディスク事業を担当し、その後 Sun Microsystems、Oracleで主要なキャリアを重ねた。転機は、データベースの「逆引き」だったという。ある部品を使っている車種は何か。そうした逆方向の問い合わせは、処理が極端に重くなる。結果を変えるには原因をたどる必要があるのに、世の中の仕組みはそうなっていない。 当初は技術の問題だと考えていたが、2019年頃に「これは技術ではなく学問の問題だ」と気づいたという。コロナ禍でスマートウォッチ事業が打撃を受けたことも重なり、もともと取り組んでいた因果推論へと舵を切った。「Judea Pearl 先生の英語の資料を読み込んでいたら、コロナが明けた頃には、本屋に行っても読んでいない本が一冊もないくらいのめり込んでいました」(野々上氏)。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、生産年齢人口(15〜64歳)は2050年に向けて減少が続く見込みだ。AI への期待は大きい一方、相関とパターンだけでは「なぜ」に答えにくく、責任ある判断の支えにはなりにくいという問題意識がある。相関の先にある「因果」という学問を武器に、ヴェルトはその勝負所に立とうとしている。