2026年上半期の暗号資産ハッキングは、確認件数が過去最多となり、北朝鮮の国家支援ハッカーによる被害が全体の約55%を占めた。スマートコントラクトのバグだけでなく、人間や検証インフラ、AIエージェントの信頼関係を突く攻撃が確認されており、DeFiユーザーや開発者にはセキュリティ体制の見直しが求められる。被害の多くは未回収のままで、2026年下半期にも同様の脅威が続くと予測されている。■2026年上半期の確認件数は過去最多、被害額は11億ドル超2026年上半期(1〜6月)に確認された暗号資産(仮想通貨)プロジェクトへのハッキングは212件に上り、被害総額は11億ドル(約1804億円、1ドル=164円換算)を超えた。セキュリティ企業Blockaidが火曜日に公開した「2026年上半期セキュリティレポート」によると、この6カ月間のインシデント数は2025年通年の3.4倍に達し、過去のどの通年記録をも上回ったという。この数値は一時的な異常値ではない。Immunefi、Quill Audits、TRM Labsという3つの独立したセキュリティ企業も、それぞれ異なる調査手法を用いながら、「2026年上半期のインシデント数は半期として過去最多を記録した」という同じ結論に至っている。被害額の推計は企業によって異なり、Blockaidは11億ドル、Immunefiは9億7200万ドル(約1594億円)、Quill Auditsは9億3530万ドル(約1534億円)としている。これは「確認されたインシデント」の定義基準が異なるためだが、確認件数が過去最多になったという方向性では3社の分析が一致している。Blockaidのレポートが明らかにしているのは、成功した攻撃の性質が根本的に変化しているという点だ。従来のDeFi(分散型金融)被害の主因だったスマートコントラクトのコード脆弱性は、もはや主要な攻撃経路ではない。代わりに攻撃者は、プロトコルを管理する人間、ブロックチェーン間の信頼を仲介するインフラ、そしてユーザーに代わって資金を移動する権限を与えられたAIエージェントを標的にしている。■バグを一つも発見せずに6億ドル以上を盗んだ北朝鮮北朝鮮のハッカー集団「Lazarus Group」とその下部組織は、2026年4月の17日間に集中した攻撃により、上半期の被害総額の約55%にあたる約6億900万ドル(約999億円)を奪った。被害額が最も大きかった2つの攻撃、Drift Protocol(2億8500万ドル、約467億円)とKelpDAO(2億9200万ドル、約479億円)だけで、そのうちの5億7700万ドル(約946億円)を占めている。どちらの攻撃でもスマートコントラクトの脆弱性を見つける必要はなく、攻撃者は正規の承認または検証の仕組みに介入することで資金を流出させた。TRM Labsが2026年最初の4カ月間を分析したところ、この期間の暗号資産ハッキング被害額の76%は、北朝鮮の国家支援ハッカーによるものだった。同グループによる2017年以降の暗号資産の窃取総額は60億ドル(約9840億円)を超えており、これには史上最大の単一暗号資産窃取事件である2025年2月のBybitでの15億ドル(約2460億円)の被害も含まれている。■Drift Protocol:12分間で2億8500万ドルを奪った6カ月間の詐欺2026年4月1日、Solanaベースの無期限先物取引所であるDrift Protocolから約2億8500万ドルが流出した攻撃は、実際に資金が移動する半年前の2025年秋に始まっていた。北朝鮮の下部組織UNC4736(AppleJeus、Citrine Sleet、Golden Chollimaなどの名称でも追跡されている)と関連する脅威アクターは、正規のクオンツ取引会社の代表者を装った。彼らは業界カンファレンスでDriftのコントリビューターと接触し、数カ月にわたるTelegramでの会話や、Vault(保管庫)統合のライブセッションを通じて信用を築いた。さらに、本気で取引する意思があると示すため、100万ドル(約1億6400万円)を超える自己資金をプロトコルに預け入れた。4月1日の攻撃実行を可能にした技術的な仕組みは、Solanaの「durable nonce(永続的ノンス)」機能だった。直近のブロックハッシュを参照し、約2分で期限切れとなる通常のSolanaトランザクションとは異なり、durable nonceを使ったトランザクションは、作成後に実行せず無期限に保存できる。攻撃者はこの機能を利用し、実行の数カ月前に管理用トランザクションへ事前署名させていた。これらのトランザクションは実際に正規の鍵で署名されていたため、暗号学的には有効だった。2026年3月までに、同グループはソーシャルエンジニアリングを駆使し、Driftのセキュリティ評議会における5人のマルチシグ(複数署名)署名者のうち少なくとも2人を欺き、この仕組みを使って悪意のあるトランザクションに事前署名させていた。4月1日、攻撃者は保存していた承認を利用し、約12分でセキュリティ評議会の管理権限を奪取した。プロトコル側が対応する前に複数のトークンで2億8500万ドル以上を流出させ、無価値な偽造トークンを担保として預け入れて、USDC、SOL、ETHなどの実資産を引き出した。さらに、数時間以内に資金の大半をEthereumへブリッジした。警報が発せられる前に、Vaultはほぼ空になっていた。攻撃から約3カ月後の2026年7月23日時点で、Driftの攻撃者に関連するウォレットは、2日間にわたり暗号資産ミキサー「Tornado Cash」を通じて2万3095.1 ETH(送金時の価値で約4440万ドル、約72億8000万円)を移動させた。盗まれた資金の大半は未回収のままである。■KelpDAO:北朝鮮が必要としたのは「たった1つの検証者」Driftへの攻撃から17日後の2026年4月18日、Lazarus Groupの下部組織であるTraderTraitorは、LayerZeroプロトコル上に構築されたKelpDAOのrsETHブリッジを攻撃し、46分足らずで11万6500 rsETH、約2億9200万ドルを流出させた。この攻撃にソーシャルエンジニアリングは必要なかった。攻撃者と2億9200万ドルの間に立つ検証者は、たった1つしかなかった。LayerZeroのクロスチェーンメッセージングプロトコルでは、宛先チェーンがトランザクションを受け入れる前に、いくつの独立した分散型検証ネットワーク(DVN)が確認を行うかをアプリケーション側で設定できる。KelpDAOのrsETHブリッジは、LayerZero Labs自身が運用する1つのDVNによる確認だけを要求するよう設定されていた。偽造メッセージを検知する第2の検証者が存在しなかったため、攻撃者はLayerZero Labsの検証インフラを侵害するだけでよかった。攻撃者は、LayerZero LabsのDVNが送信元チェーンの状態を読み取るために使用していた2つのRPCノードへアクセスし、そのソフトウェアを偽造データを返す悪意あるバージョンに置き換えた。同時に外部のバックアップノードへDDoS(分散型サービス拒否)攻撃を仕掛けたことで、LayerZeroの検証システムは侵害されたインフラに依存せざるを得なくなった。偽造データにより、Ethereum上のコントラクトは送信元チェーンで正規のトークン焼却(バーン)が行われたと誤認し、攻撃者が管理するアドレスへ11万6500 rsETHを解放した。rsETHのスマートコントラクト自体は悪用されておらず、暗号学的プリミティブも破られていない。OpenZeppelinは事後分析の見出しで、「見つかったバグはゼロ」と表現した。Blockaidのレポートと、その後のフォレンジック分析が明らかにした事後の状況は、攻撃そのものと同じくらい重要だ。LayerZero自身の調査によると、KelpDAOへの攻撃当時、同プロトコル上で稼働していたOAppコントラクトの47%が、同じ「1-of-1(1つの検証者による承認だけで成立)」のDVN設定を採用していた。5月9日の声明でLayerZeroは、「高額なトランザクションに対し、当社のDVNが1-of-1のDVNとして機能することを許したのは誤りだった」と認めた。これは、設定の選択責任は全面的にKelpDAOにあるとしていた、それまで3週間の説明を覆すものだった。その後LayerZeroは、1-of-1設定を使用し続けるアプリケーションについてはメッセージへの署名を拒否すると発表し、プロトコルのデフォルトを少なくとも「3-of-3」、すなわち3つの検証者すべての承認を必要とする設定へ引き上げた。一方KelpDAOは、rsETHのブリッジングをLayerZeroのOFT標準からChainlinkのCross-Chain Interoperability Protocol(CCIP)に移行した。CCIPでは、クロスチェーンメッセージが受け入れられる前に、少なくとも16の独立した検証者による合意が必要となる。■EthereumとSolanaの被害状況Blockaidがブロックチェーン別の被害額を追跡したところ、2026年上半期に最も大きな総被害額を出したのはEthereum上のプロジェクトで、3億3200万ドル(約544億円)だった。一方、Solanaの被害額は3億2600万ドル(約535億円)で、そのほぼ全額をDriftへの攻撃が占めた。Solanaの被害額は、2025年通年の約1億2700万ドル(約208億円)から大幅に増加している。Ethereumの被害額は、リステーキングプラットフォーム、ステーブルコイン、DEXアグリゲーターなど、多額の資産を扱うプロトコルがネットワーク上に集中していることを反映している。件数ではコードを悪用した攻撃が最も多く、Humanity ProtocolやStablRでの鍵の侵害が、特に大きな被害につながった。Blockaidは、この期間に新たな攻撃ベクトルも確認している。Arbitrum上で発生したEthereumのウォレット委任標準「EIP-7702」に対する初の本番環境での攻撃や、Aztecネットワークにおける2件のゼロ知識証明の境界条件を突いた攻撃が含まれる。全体で最も被害額が大きかったカテゴリーはオンチェーンプロトコルで、5億2400万ドル(約859億円)だった。次いでクロスチェーンブリッジが3億7200万ドル(約610億円)となった。この数字にはKelpDAOのインシデントのほか、Verus、Taiko、Alephium、Secret、Axelar、Swapnet、Syscoinに対するコード悪用が含まれている。■攻撃者によるAIの悪用と、誰も望まなかったマイルストーンBlockaidのレポートで構造的に最も新しい発見は、数値ではない。2026年5月に発生し、Blockaidが暗号資産分野における「史上初」のAIエージェント悪用と説明した単独のインシデントである。誰も望まない称号であり、その意味は、移動した17万5000ドル(約2870万円)という金額をはるかに超える。2026年5月上旬、攻撃者はAIを活用した暗号資産取引アシスタント「Bankr」を標的にした。Bankrは、X上でボットとやり取りするユーザー向けに暗号資産ウォレットを自動生成し、自然言語の指示に基づいてトランザクションを実行する。攻撃は2段階で行われた。まず攻撃者は、標的となるBankrウォレットへ「Bankr Club Membership」NFTを贈り、送金承認を含む高権限の権限セットを有効化した。次に、xAIのチャットボット「Grok」へ、モールス信号で符号化したメッセージを送った。この形式によって、平文に書かれた明白な金融指示を検出